迎接院について
迎接院について
江戸時代初期の1661年(寛文元年)8月16日、江戸浅草は浄土宗の大寺である誓願寺の塔頭の一つとして開創されました。本坊の誓願寺は徳川将軍家から帰依を受け、山号の田嶋山も家康公の命名によると伝えられています。その寺中にあって、迎接院はお念仏が絶えることなく行じられる常念仏堂、すなわち念仏の道場として信徒を迎え続けました。
江戸時代、8代将軍吉宗公の享保年間になると他の塔頭と同様、誓願寺の外護者の宿坊となりました。当院に顕著なことの一つに伊勢出身の商家の取次檀家が多かったことがあげられます。
江戸時代は、明和の大火等の幾多の災害に見舞われ、その都度復興するわけですが、安政の大地震、明治の廃仏毀釈による本坊からの独立、そして関東大震災により大打撃を被ることになります。そして、1927年(昭和2年)、他の塔頭寺院十ヶ寺とともに現在の練馬への移転を果たすのです。現在は通称「十一ヶ寺」として地域の名所となりました。練馬という地域に根差し、人々の心に安心を与えられるお寺でありたい。そう願っております。
(寺院パンフレットはこちら)


住職プロフィール
第19世住職 藤木 随尊
大正大学在学中に大本山増上寺にて伝宗伝戒道場を満行。卒業後は大正大学大学院にて仏教学修士を取得。修了後は学校法人大正大学にて14年間奉職。平成30年に迎接院第19世住職に就任。

名誉住職 藤木 雅雄
第18世住職。昭和60年から平成30年の32年間、住職を務める。平成元年には本堂・庫裏を落慶、平成21年には迎接院開山350年記念事業として山門落慶に尽力。浄土宗から中興号を授与。

教え
仏教とは、今から約2500年前にインドで悟りをひらかれたお釈迦さまの教えです。その教えとは、すべての人が苦しみや迷いから離れ、心のやすらぎを得て、幸せになることが説かれています。人は必ず死に至ります。その死はいつ訪れるか分かりません。いつ訪れるか分からない死を迎えるまでの間、我々は思い通りにならない「この世」を生きていかなくてはいけません。その限られた人生において、少しでも苦しみや悩みを手放して心穏やかな状態を保つ。大切な方々とのひと時を惜しみながら大事に過ごす。そして、自分が定めた人生の目標に向かって日々生き生きと精進する。そのような幸せな人生を送るために、お釈迦さまの具体的な教えがあります。自らの心を整えて智慧を育てること。生きとし生けるすべての命を思いやる慈悲の心を育てること。これこそが仏教の教えとなります。この教えを人々に伝えていくためにお寺が存在しています。お寺とつながり、仏さまとつながることを「縁」と呼びます。家族や地域を超えた縁を広げていくことができるならば、多くの人々の心の中にお寺が拠り所として築かれていくことでしょう。



| 宗派 | 浄土宗 |
| 宗祖 | 法然上人(源空) |
| 開宗 | 承安五年(1175年) |
| 本尊 | 阿弥陀仏(阿弥陀如来) |
| 教え | 阿弥陀仏の平等のお慈悲を信じ、「南無阿弥陀仏」とみ名を称えて、人格を高め、社会のためにつくし、明るい安らかな毎日を送り、お浄土に生まれることを願う信仰です。 |
| 本山 | 総本山 知恩院 大本山 増上寺 大本山 金戒光明寺 大本山 百萬遍知恩寺 大本山 清浄華院 大本山 善導寺 大本山 光明寺 大本山 善光寺大本願 |